ナンシー関の不在
「ほとばしる副作用」(辛酸なめ子 著)を読む。
前半の芸能ネタを読むにつけ、思わずにはいられなかった。
「その切り口でいくわけ?」「見方がずれてない?」そして最後に
「ナンシー関なら、このネタをどう料理しただろうか・・・」
ナンシー関は、いない。
なぜだ。どういうことだ。
あれだけの名文を残す、ということは、
命の中の何かを使い果たしてしまう、ということなのか。
ということは、リリー・フランキーも長くはないのか。
し、死なないよね? 大丈夫だよね?
いかんいかん、話を元に戻す。
この本、後半の別ネタになると、屈折女の歪んだ拘りが
しっかり伝わってきて、まあまあ楽しめた。
ナンシー関と比べるのは、かわいそうってもんだ。
だが、芸能ネタ書いている以上、比べずにはいられない。
本人も多少は意識して、「あんなふうに書きたい」と思って書いていないか。
そう思ったところで終わっている。
あそこには、誰も行けない。
違う頂上を目指すしかないのである。
リリー・フランキーのみが、そこにいる。
死なないよね?
| ほとばしる副作用 著者:辛酸 なめ子 |
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